情報誌エッセイ:徒然なるままに 第5回:パスポート申請に思うこと

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瀬戸山陽子


 みなさま、こんにちは。全国障害学生支援センターの情報誌を見に来てくださってありがとうございます。情報誌担当の瀬戸山です。このエッセイは情報誌のオンライン化を機に、私が日々感じていることを自由に書かせていただいている場です。第5回目は、「パスポート申請」についてです。

 みなさん、パスポートはお持ちですか。私はコロナ禍で有効期限が切れてしまい、当時はこの先いつ海外に行けるか分からないのでまた必要になったら申請しようくらいに思っていました。気づいたらコロナの流行も下火になり他の感染症と同じ扱いになったことで、海外への渡航制限も解除されていますね。そんななか、来年あたり仕事で海外に行くかもしれないという話が浮上し、パスポートの有効期限が切れていたことを思い出しました。ちょうど友人から海外旅行に行ったという話を聞いており、「私はコロナの時にパスポートが切れちゃってね」という話をしたところ、いまはオンライン申請で、写真も署名も手元で撮影してアップロードして、受け取りに一度足を運べばいいからとても簡単だということを聞きました。

 私の海外渡航の予定はまだ先ですが、先日、時間があるときに申請をしておこうと思い、オンライン申請に挑戦してみたのです。必要事項を入力し、自筆のサインを適当に白い紙に書いてアップロードするところまでは順調でした。問題は、顔写真のアップロード。自筆のサインと同じように顔写真を申請サイトにアップロードしようとしたら、大きさや明るさは問題ないのに、何度試してもエラーになってしまい先に進まないのです。実は申請前から少し心配でしたし、考えてみたら確かマイナンバーカードの申請の時も同じようなことが起きたことを、ここでやっと思い出しました。

 私には、顔の左側だけ筋肉が動かないという「顔面神経麻痺」という障害があります。20代でこの症状になった時は戸惑いましたが、今は人生の半分以上この顔で生きてきています。左側が動かないので、笑うと右側の口元だけが上がり、左右差が目立ちます。また左目の筋肉が動かず瞬きがうまくできないですし、目を開けておく筋肉が落ちて左目はほぼ閉じた状態です。そしてどうやらパスポート申請では、私の顔のように左右差が著しかったり、左目をつぶってしまう顔写真は受け付けられず、「エラー」が出てしまうようなのです。相手は機械なので、「そこをなんとか」「これが私の顔なので」と言ったところで、当然受け付けてくれません。あれこれ調べましたが、これはもう諦めて対面申請しかないようなので、オンライン申請を断念しました。つまり、顔面神経麻痺の人の顔写真のアップロードは、このパスポート申請システムでは「想定されていない」ということのようでした。

 この「想定されていない」という事態は、障害があるとよく直面することです。車椅子であることを想定されていない段差や、耳が聞こえないことが想定されていない字幕なしのニュース番組、目が見えないことを想定されていないタッチパネルの銀行ATMなど。町中にはそういうものがあふれています。9時5時で働く規則は、体力のない人を想定していないかもしれません。今回のオンライン申請も、視覚障害があって音声ソフトでサイトを見ている方は、うまくいくのでしょうか。例えば墨字を書かない人のサインはどうするのだろうと思っています。

 社会は、「多数派仕様」でできています。それはつまり、障害のない人向けに作られているということです。もちろん障害だけではなくて、言語や教育制度、地域の在り方も、多数派が便利なように、多数派にとって効率が良いように作られています。限られた資源で「社会の中のより多くの人」に利益や便利さがあるようにするには、多数派が優先されるのは仕方ない部分もあるかもしれません。ただ社会に多数派が存在するなら、必ずそこには多数派ではない人が存在します。また自分が多数派かどうかは、その属性や場所によって変わってくるものです。(日本人である私は、日本にいる限り多数派に属しますが、海外へ行ったら少数派になります。)またその多数派仕様のものは、目に見える物だけでなく、制度や考え方、習慣、文化にも及びます。

 ここで大事なのは、あらゆる物や制度、考え方が多数派仕様に作られている社会において、多数派仕様のものでは不便を感じてしまう人がいることをいつも想像できることだと思います。また不便を感じてしまう人が直面する課題に、どう取り組むかを一緒に考えることです。単なる不便だけでなく、その不便のために社会参加の機会を失ってしまったり、余計に時間やコストがかかってしまうことで「社会的不利」になってしまわないか、それを考えるのも大事です。

 人は一人一人違うので、全ての人に適した社会を完成させることは、非常に難しいことだと思っています。もちろん難しいからそれを目指さなくてよいということではないのですが、すぐにすべての人に適した社会は作れません。制度上どこかで線引きをしなくてはいけないこともあります。今回のパスポート申請であれば、人間の顔として機械が認識できる一定の範囲を定める必要があり、私の顔はそこから外れてしまったようです。でもじゃあ、どうするか。大事なのは、その時に代替手段が準備されていることや、事情を話したらエラーを解除してもらえるような柔軟な対応ではないでしょうか。

 と、こんな偉そうなことを言っていますが、私自身も想像が及ばなかったことの繰り返し。多数派でない人の体験や生活を教えてもらって、ああ知らなかったなということがたくさんあります。なので、当事者の人に教えてもらいながら、もっとみんなが暮らしやすい社会ってどうあったら良いのかを、考え続けたいと思っています。というわけで、対面のパスポート申請に今度行ってきます。