雪琢馬
数年前からAIと言われ始め「ChatGPT」や「Gemini」など多様なAIが身近に活用でき、活用次第では良いようにも悪いようにもどっちにも使える、そんなのがAIという認識であったので今までは使うのを控えていました。だが、昨年から使い始めました。
使い始めたきっかけは自分で撮影した写真を「ジブリ風」や「浮世絵風」など様々な画像に変換してくれる、面白さからです。そのことで自分の中でAIに対するハードルが下がりました。その後秋ごろから日常生活の中で活用し始めました。例えば文章作成、この「共にいきる」などは自分でAIに頼らず執筆しているが、意見書やメール文などかしこまった文章を書くのは苦手なので、AIを活用しながら書く機会が増えました。AIに頼んだらそのままでなく、何度もAIとやり取りしながら一つの文章に30分くらいかけて作成していくのが意外と楽しいです。また文章の要約などもありがたく、自分で調べてまとめる時などには大いに活用しています。個人的には読解力がないので非常に助かっています。
また自分は趣味で数学が好きで、自分が在学中に学んでいない数列なども遊び感覚で学んでいます。そうした時の練習問題を欲しいがなかなかなく、ずーっと悩みの種でありました。そうした時にAIに問題を作ってもらえ、しかも難易度も指定できるのでとてもありがたいです。今まで話したのは「ChatGPT」である。「ChatGPT」はこれらの事は得意分野のように感じています。
その一方で「ChatGPT」 では調べてまとめるという分野が苦手のようで、嘘情報もしばしば。調べ物の分野は「Gemini」が得意なのではないかと感じています。実際に自分も調べ物をするとき「ChatGPT」では誤情報が多いですが、「Gemini」だとわりと正確な情報を出してくれるので助かっています。
その一方でAIの問題点として例えば宿題などをそのままAIがやるのはどうなのか?ということが問われています。自分が使っていて思うのは、AIはあくまでも助手であり最終確認は人間であると感じています。AIを使うことで作業のスピードは上がったが最終的な確認は人間が責任もって行わなければならないと感じています。そのうえで人間の手助けとしてAIを活用したいと考えています。
今後は自分が所属しているクラブチームのYouTube講義に音声をAIにしてもらおうと考えています。またAIの使い方をもっと深め、自分の可能性を広げていきたい、そう感じています。
さらには10年前と比較したら画期的な進化だったので、もし学生時代にAIがあったらどんなに学習するのに助けになったのかなって思っています。自分は学生の時、ノートを取るのにパソコンを活用していましたが、教科書の文章を当時は手入力で行っていました。もしAIがあれば入力の時間が省けてさらに学習の時間が増えたのかな?と感じています。
これからAIは良い意味でも悪い意味でも発展していくと思うので、日常生活の中に取り込めたらと思います。
今後AIでやりたいことは歴史の勉強に活用したいと思っています。自分は歴史に興味があるものの当時の言葉と今の言葉が違うので自分の中で理解が出来ず今日までに至っています。例えば「」に飛鳥時代の遣隋使についてはこう書かれています。
推古天皇時代の外交では、遣隋使の派遣が行われます。この頃、中国では新しく隋王朝が成立していました。朝廷は遣隋使を派遣して中国の政治や文化を学ばせ、隋と関係を深めることで、朝鮮半島の国々に対する立場を優位にしようとしていたのです。 初回の遣隋使は不調に終わりますが、二回目の遣隋使では小野妹子が派遣され、国交を結ぶ交渉が行われました。この外交は、それまでの「倭の五王」の外交姿勢と異なり、隋の皇帝に臣下として従属しない方針だったため、当初、無礼であるとして隋の皇帝・煬帝の怒りを買いました。
今回執筆にあたりこの部分について「Gemini」で調べました。推古天皇の時代には聖徳太子と蘇我氏が登場します。自分ではこの3者の関係図が分からず上記の部分も理解できなかったんですが、例えば一つの会社としてGeminiは教えてくれました。株式会社日本、推古天皇が社長、聖徳太子が副社長、推古天皇は女性なので副社長である聖徳太子が代行して社長業務を行っていました。この代行業務をいわゆる摂政政治と呼ばれるものです。株式会社日本の筆頭株主が蘇我氏で大臣(おおきみ)と呼ばれる存在で、同社におけるもっとも影響力がある人物です。
さて、先の文では遣隋使について書かれていますが、遣隋使の他に遣唐使があります。自分は行った先が違うのかとこれまで認識しておりました。でも場所は同じだそうです。ここで出てくるのが「王朝」というキーワード、これは政権・会社ととらえていいそうです。日本は長い歴史上天皇家が代々受け継がれてきましたが、現在の中国に当たる「隋」、「唐」は会社に例えるならば社長(日本では天皇、中国では皇帝)が変わるたびに、経営一族が変わり、社名(国名)も変更になります。そのため「隋」と「唐」は同じ場所にある時代が違うだけな様です。
このように調べてみると苦手であった日本史もちょっと面白いと感じることが出来ます。これからも楽しみながら知識を増やしたいと思います。