先輩からのメッセージ 北の大地の精神科医~福場将太さんインタビュー~

話し手 福場 将太(ふくば しょうた) 視覚障害
所属: 医療法人風のすずらん会 美唄すずらんクリニック
聞き手:瀬戸山 陽子

写真:福場 将太さん

123号 2024年3月28日発行 より


今回インタビューを受けてくださったのは、北海道美唄市で精神科医をされている福場将太さんです。11月のとある日に、都内でインタビューをさせていただきました。

Q:まず自己紹介とご自身の障害について教えていただけますか。
A:福場将太です。精神科医を北海道でやってます。精神科医になって17年ぐらいです。外来と入院病棟では精神科全般を診ていますが、一番興味を持ってやってるのは集団療法で、依存症の患者さんがお酒とか薬物とかをやめていくための勉強会とか、患者さんが就労を目指す就労支援の勉強会とかを診察以外ではやったりしてます。
あと精神科はデイケアっていうのがあるので、そのデイケアでみんなで合唱、ギターを弾いてみんなで歌ったりとか、そういうのも時々やります。
障害については、網膜色素変性症という眼科の病気で、暗いところが見えにくくなる夜盲の症状や、視野が狭くなる視野の狭窄、視力自体の低下があります。徐々に進行していく病気で子どもの頃から兆候はあったんですけど、診断がついたのは医学部5年生の時の臨床実習の最中に眼科を回った時でした。その頃はそれなりに眼鏡で見えてたんですけど、徐々に、進行していって、30歳を過ぎた頃ほぼ見えなくなりました。今はもう部屋の明るさや何か端のほうで動いたかなとか、そのくらいは分かりますけど、ほぼ全盲の状態ですね。

Q:医学部を目指したのはどのような経緯ですか。
A:一つは人間というものに興味があって、一回、医学という学問は学んでみたいという気持ちがありました。あとは医療関係者が多い家系に育っているのでどうしても医学の話題とかが身近にあって興味を持ちやすかったっていうのもあり、なんとなく行かねばならないような雰囲気も、若干家庭にはあったのかなという感じです。

Q:目が見えなくて医師として働く中で壁を感じることがあれば教えてください。
A:精神科医とは言え、本当は脳波や認知症の頭の写真など画像診断をしたり心電図などもありますが完全に見えなくなるとさすがにもうできません。それは見える先生に頼むしかないです。あと点滴を入れる手技などもできません。だから自分だけではもう診療は不可能ってことです。僕一人で患者さんの家に往診に行って、僕一人で全部っていうのは不可能なので、必ず誰かそばにいてもらわなくちゃいけないかんじです。また処方箋でも、前回どんな薬出したかは誰かに読み上げてもらわないといけない。音声パソコンを導入してから、自分でできることは増えたんですけど、それでも助けは必要です。音声ソフトが電子カルテに通用するかどうかはすごく僕ら目が悪い医療従事者の中で話題で、電子カルテを全国共通にする動きがあるので、音声で電子カルテを使う人もいるっていうのをぜひ考慮して作ってほしいという願いはあります。
あとはこの仕事は勉強がずっと必要なので、新しい薬や治療法について勉強する際に本で渡されても見えないですし、講演会に行く際も目が悪いと一人で行くのをためらっちゃう時もあるので、勉強がしづらいっていうのはあるでしょうかね。まだまだ書面でいろんなことがやりとりされることが多いので、その辺はちょっと弊害を感じます。
あとは、目で見る視診がないせいで大事な兆候を見落としてたらどうしようっていう不安は常々あります。自分が見えてなかったせいで実はすごい重要な兆候が出てたのに気付かなかったらどうしようっていう不安はやっぱりありますかね。

Q:お仕事上できないことはどうされているんですか?
A:一つは、職場で勤務の契約書を交わす時に必要な時は事務の方に必要な書類を読み上げてほしいっていうのを労働契約のところに入れてもらっているので、まずはそこを活用しています。看護学校の授業用のテキストも何年かに一回変わっちゃうので、変わった時に新しく増えてるところだけ読んでもらっています。医学書関係もどうしてもここは読んでほしいっていうのは手が空いた時間に看護師さんや事務の方に読んでもらっています。何度も読んでもらうのは申し訳ないのでそれをICレコーダーで録音をして、後から自分で聞いてWordで起こす作業をしていますね。今はかざした物を読み上げてくれる眼鏡やアプリもあるから、そういうのがさらに進化すれば本もそれで読めるのかもしれないです。ただ本って読み返したりとか読みたいところを何回か見たりとかってそういうのも大事だから、一方的に読み上げるだけだとその辺が不便ですけど。本当はテキストデータで頂けるのが一番です。テキストデータなら音声パソコンを使って自分でカーソルを合わせればそこから読めるので、いろんな本がテキストデータ化されるのが一番僕らはうれしいですかね。
あと画像ね。本とかでグラフとか表で出ちゃうと読み上げないし、講演会でも、説明は耳で聞けますが画像だと「このグラフをご覧ください」とか言われても、そこはすごい弊害を感じますよね。想像するしかないです(笑)。基本、スライドは見えてる前提で話すので、いちいちスライドの中を言わないんですよね。「皆さん、ご覧のとおり」みたいな感じになって細かく説明してくれないので。大学の授業とかでも何でもそうですけど、ついつい視覚があると「あれが」とか「ここが」とかそういう言葉を使って説明しちゃうことが多いので、できれば細かく読み上げてくれたほうが僕らはありがたいです。なので自分の授業とか講演する時はそこはすごい意識してます。代名詞とか使わずに、スライド見えてなくても、話が分かるようにしています。

Q:精神科医として、どんな時にお仕事のやりがいを感じますか。
A:うれしいのは患者さんが回復した時ですよね。精神科は完全に病気を治すっていうのがなかなか難しいことが多く、病気によっては一生付き添わなくちゃいけないような病気も多いので、そんな中でも患者さんが「仕事、決まりました」とか「結婚できます」とか、その人にとって充実した人生になっていくのを聞いた時はうれしいですかね。
この仕事って申し訳ない感じで僕が癒してもらってる部分がすごく多くて、こっちが元気をもらう仕事なんですね。患者さんと話してる中で僕は患者さんたちから元気をもらってる部分がすごく多いので。一つは、仕事や家庭などがうまくいかなくなって相談に来る方が多いんですけど、それって、その人の真面目さとか純粋さ故のことも結構あります。その人の怠慢とか悪いことのせいで起きてる不適応ではなくて、その人が優し過ぎてそれだから社会で暮らしにくくなってる時があるので、そういう話を聞かせてもらった時は、無責任かもしれませんが、こんなに素敵な心を持ってる人もいるんだなと癒される時があります。
すごく生きにくさを感じてる方をどこから解きほぐしていけばこの人は生きやすくなるんだろうというのを考えるのは、おこがましいですけど、でもそういう時は、頑張らねばっていう意味では、やりがいというか、頑張りどころだと思います。

Q:どういう理由で精神科を選ばれたのですか。
A:医学部に入った頃から、もしお医者さんをやるんなら精神科かなと漠然とは思ってたんです。まだこの頃は精神科とは何かとか全然知らなかったんですけど、一番興味深いのは人間の心だったので、やるなら心だなというのがありました。
医学部では、当時は精神科の授業ってコマ数も少なかったですし、病気について少し勉強するぐらいだったので、実際勉強したのは本当に現場に出てからですが、まず興味がもともとありました。
あと視覚障害の事情も少なからずあったと思います。あまり注射などが多い科は不安があったので、できるだけそういうのが少ないという意味でも精神科が良かったです。でも、何より興味があったっていうのがありますね。

Q: 休日の過ごし方を教えていただいてもいいでしょうか。
A:僕は目が悪いので、冬は特にそうですけど、一人で雪の降る北海道で車なしで買い物に行くのも大変なので、休日は友人に車に乗せてもらって一緒に買い物に行くっていうのがまず一つですね。日用品を買いだめに行きます。あと一人暮らしなんで、休みの日は洗濯やら掃除やら、そういう家事全般をします。あとは、普段人と話をする仕事なので、逆に休みの日は1人でいたいっていう気持ちも結構強くて、趣味で音楽をやるとか小説を書くとか、そこに尽きていますね。時期によって音楽の時期だったら録音作業とかを一日中やってたり、小説のブームが来てる時だったら一日中書いていたり、創作活動にいそしむという感じでしょうか。あとは、好きなドラマのDVDを見たり、音楽のCDを聴いたりです。そんな特殊な過ごし方は特にしてないですけど。

Q:自作の音楽や小説を載せたホームページを作られていますが、ホームページを立ち上げたきっかけはどんなことですか。
A:2018年に初めて目が見えない医者として眼科で講演をさせてもらった時に、いろんな反応頂きました。それまでは目が見えない医者だっていうのを隠して生きていたんです。普段の外来でも基本ごまかして、見えてるふりもしてました。クリニックのスタッフも、基本隠して、目のことを守ってくれていたので、言ってはいけないというか。言ったら患者さんも離れていくだろうし、医者としての信頼をなくすだろうしみたいなのがあったし、下手すりゃクビになるんじゃ、もちろん職場は知ってますけど、医学界から追放されるんじゃないかとかいろんな思いもあって不安でした。でも、2018年に講演会に出て話をしたことで役に立てる形もあるんだなと思って、それなら今の時代なので情報をネットで配信していこうっていう思いになって始めた感じです。
ただ目が見えない医者ですという話や視覚障害の話ばっかり書いてると「もういいよ」ってなっちゃうので、だから全然関係ない趣味の話を入れて、「何なんだ、このサイトは?」っていう感じにあえてしてるんです。僕という人間にはいろんな面がありますよっていうところをお伝えしたいので。

Q:福場さんとしては、障害のことを伝えるようになって何か変わりましたか。
A:楽にはなりましたよね。隠さなくていいというか、うそをつかなくていいっていうのは。言えなかった頃は、伝えたことによって気まずくなったり、がっかりされちゃう感じがすごいつらかったので。その頃は、僕の中でも医者は健康なのが当たり前で、医者が視覚障害なんていうのはあり得ないって、僕自身もどこかでまだ思ってたんでしょうね。でも言ったことで楽になった部分もありますね。どんどん積極的に言うわけじゃないけども、何か聞かれたら「あっ、そうなんですよ」っていうふうなぐらいの加減では言えるようになったので楽になって。
ですが、まだまだカミングアウトって難しいなっていうのを今すごく感じています。「見えません」って言ったら「はい。分かりました」っていうほど単純じゃない。見えないっていうのをどう伝えるか、どういう言葉で伝えるのがいいのか、どういうタイミングで伝えるのがいいのか。相手に伝わるように、なおかつ相手を不愉快にしないようにというのも考えます。あと、自分が言っててつらくないようにっていうのも大事だと思うんですよね。言うたびに自分がつらくなるような説明は嫌なので。そういう意味で、カミングアウトの技術の研究っていうのは、人の社会的回復のためにはすごく大事な課題だなっていうことに気付けた気がします。

Q:いま日常の中で、ご自身の支えになるものはどんなものがありますか。
A:一番は人とのつながりだと思うんですよね。日常的に友達と遊びに行ったりとかしてるわけじゃないですけど、買い物などサポートしてくれる北海道の友人しかり、実家にいる家族、両親しかり、時々しか会えないですけど学生時代の友達しかり、気にかけてくれる人たちがいるっていう、その存在はでっかいなと思いますね。
あと特にここ数年は、視覚障害に関連して新しい出会いがたくさんあって、僕はすごく出会いに恵まれてるなと思います。自分と出会ってくれた人たち、つながってくれてる人たちがまず一つ大きな支えです。同じ視覚障害の医療従事者の仲間たちの存在もでかいです。普段、別にしょっちゅう会うわけじゃないですけど、日本各地でみんな苦労しながら頑張ってるんだなと思うだけで自分もやらねばと思うし。
あとは、結構学生時代、中学・高校・大学と割と楽しく過ごせていて好きなことをいっぱいやって思い出がたくさんあるので、あんまり過去にしがみつくのは良くないのかもしれないですけど、学生時代の思い出がすごく支えですね。

Q:この先、やりたいことや将来像があればお聞かせいただけますか。
A:昔は中途半端ってすごく嫌だったんですけど、ここまで来たら中途半端が僕の持ち味なんだとも思うように最近はしていて。中途半端の王様を目指すっていうところですかね。医者としてそんなに完璧じゃなくても、当事者として完璧じゃなくても、全部中途半端かもしんないけど、その集合体で僕ですっていうのでいくしかないかなと。それを活かして何かやっていけたらいいかなと思っています。
精神科医としては、僕は学者のように新しい薬を研究したりはできないけども、まだまだ精神科って偏見とか誤解が多い科なので、それを正しく知ってもらうとか、入院制度や法律、病気について伝えていく講演活動や執筆活動であったり、そういうことは僕が目が悪くてもできることなので、頑張れたらいいなと思ってます。
あとは、視覚障害っていうところも活かして、少しでも眼科の患者さんのメンタルケアとかにも携われたらいいし、せっかく精神科で育ってるいろんな福祉の考え方とか集団療法の手法とかも眼科に紹介して、さっきのカミングアウトもそうですけど、眼科の患者さんの視力の回復じゃない部分の回復をサポートできる活動ができたらいいなっていうのも思ってますね。

Q:最後にこれから医師になりたいと思っている特に障害のある学生や高校生にメッセージを頂けないでしょうか。
A:やっぱり探せば道はあるよってことなんでしょうかね。簡単にはないかもしれないですけど、探せば道はあるよっていうことでしょうかね。模索はしなくちゃいけないですけど、全く閉ざされてるわけじゃないんで、探せば道はあるよということ。確かに障害をもって今の医療の業界にいることによって、悔しい思いとかつらい思いとかそういうのは絶対あると思うんですよね。あるけども、それでもやりたいんだったら、燃え尽きるほどやれってことじゃ全然ないんですけど、情熱があるんなら来てほしいっていうことですね。免許とかうんぬんよりも情熱があることが一番大事だと僕は思うので、情熱を持ってるんなら道は見つかるよっていうことかなと思いますね。抽象的なことしか言ってあげられないけど。

インタビューを終えて;
今回は視覚障害のある現役の医師の方から、お話を伺いました。実はインタビューは2時間に及び他にも様々なお話を聞かせていただいたのですが、全部をここに掲載できなかったのがとても残念です。音楽と小説の創作活動がご趣味で、精神科医としてずっと臨床で働かれている福場さん。福場さんご自身が色々な面をお持ちで、お話も上手で、私自身がとても元気をいただいた思いです。ありがとうございました。