私は看護系大学在学中に脳外科の手術の後遺症で歩行障害と顔面神経まひ、左目の視力障害になりました。歩行に関して日常生活では、右側に肘の部分にカフがついた赤いロフストランドの杖を使っています。歩行障害が残ったあと看護学部に復学し、介助者をつけて実習を行い看護師資格は得られたのですが、当時杖がある状態で臨床の看護師として働くことは難しく、卒業後は大学院へ進学しました。その後は研究職などを経て、いま医療系の大学で教員をしながら、障害のある医療系学生・医療職について研究をしています。
情報誌の読者の皆さんは、障害のある人の「欠格条項」という言葉を聞いたことがありますか。欠格条項とは、何らかの資格や免許を持つことを、障害や疾患を理由に制限する法令の条文のことです。日本は国連の障害者権利条約に批准しているにもかかわらず、非常に多くの法令で障害のある人の欠格条項が残されており、それが障害のある人の社会生活を阻んでいるという問題があります。 2023年4月、解放出版社から「障害のある人の条項ってなんだろうQ&A」という本が出版されました。この本の執筆には、障害のある医療職や弁護士など、多くの当事者が関わっています。また障害のある人の権利擁護に取り組んできた人、さらに、障害があるために運転免許の取得や住居の入居に際して理不尽な体験をした人など、多様な立場・経験をもつ人たち32名で執筆されました。私も執筆を担当した一人です。編者は、1990年代から障害のある人の欠格条項の問題に長く取り組んでこられた臼井久実子さんです。臼井さんご自身も聴覚障害のある当事者で、長く「障害のある人の欠格条項をなくす会」を牽引されてきました。 この本は、全部で16の質問と回答、25のコラムで構成されています。中高生も読めるように分かりやすさを意識した薄いコンパクトな本で、問いのテーマも、とても身近なものばかりです。 今回私は、大学における学び(Q3 勉強したことが無駄にならない?)と、コラム「海外事例に学ぶ」について、この本に原稿を書かせて頂きました。
5月29日(月)、この本の出版記念イベントがオンラインで開催され、私はこのイベントの司会を担当させて頂きました。月末の月曜日18時からの夜イベントだったのにもかかわらず、事前申し込みは400名を越える勢いで、この問題に対する関心の高さを強く感じた次第です。 当日のプログラムは、まず欠格条項をなくす会の共同代表であるお二人・盲ろうで東京大学教授の福島智さんと、ジャーナリストで国際医療福祉大学教授の大熊由紀子さんのメッセージから始まりました。次に、本の編者である臼井久実子さんより、この本にこめた思いと、本の紹介をしていただいています。その後、本の執筆者であり、障害のある医療職である3名の方々(視覚障害のある医師の福場将太さん、聴覚障害のある医師の関口麻理子さん、てんかんとうつ病のある看護師の加納佳代子さん)から、それぞれ体験をお話いただきました。また最後に、ご自身も知的障害のある息子さんがいらして、お子さんが生まれるずっと前から障害のある人の権利擁護に法律家の立場から取り組まれている弁護士の藤岡毅さんにもメッセージを頂きました。 この情報誌が発行される頃には、このイベントのアーカイブ動画が公開になっている予定です。イベント用のウェブサイトに掲載予定ですので、この原稿の最後にウェブサイトのURLを掲載させて頂きます。ぜひ一人でも多くの方に、この本の存在を知っていただき、本の執筆者の方々のメッセージを視聴して頂けたらと思っています。
今回のイベントでは終了後に参加者の方々にアンケートをお願いしたのですが、そこでも非常に多くの反響とメッセージを頂きました。ご自身の体験を書いて下さる方もいれば、実際に障害があって資格取得をして働かれている医療者の方々に励まされたという感想もありました。そして中でも私が印象に残ったのが、こういった取り組みやイベントを今後も継続して欲しいという声です。冒頭に書きましたが、障害のある人の欠格条項は差別的であるという問題意識のもと、臼井さんが「障害者の欠格条項をなくす会」を始めたのは、1990年代です。しかし、障害のある人の欠格条項の問題は、今なお多くの障害のある人の生活を阻み続けています。 日本は2022年8月、国連の障害者権利条約の批准国に対する審査を初めて受けました。その結果がまとめられた総括所見では、国及び地方自治体の法令において「心身の故障(physical or mental disorder)」と書かれた欠格条項などは侮蔑的であり、このような法規制を廃止することを、日本は勧告されています。 今改めて、障害のある人の欠格条項がなぜ問題で、実際に欠格条項の存在に社会参加や日常生活を阻まれている人がどのような体験をしているのか、壁にぶつかったらどのように行動したら良いのか、今後私達が社会をどう変えていったら良いか、この本は、それを考えるヒントが詰まった1冊です。また今後公開されるイベントのアーカイブ映像では、当事者の方々の生の声を視聴することができます。本を読みながら、アーカイブ映像もぜひ視聴して頂けたらと思っています。
●「障害のある人の欠格条項ってなんだろうQ&A」出版記念イベント映像アーカイブ https://setoyama5.wixsite.com/disabilitybookqanda
●イベント映像アーカイブQRコード 画像:QRコード